2004年1月17日HANAPUSH・・・・?
私たちのホームページのアドレスやEメールアドレスに付いているHANAPUSHのいわれをお話しします。HANAPUSH=鼻を押す・・・・・変な名前・・・と感じた方も多いことでしょう。
実はHANA(ミニツアシュナイツワーという犬の名前)とこの写真にあるPUSH(パグ犬の名前)を合わせて付けたものなのです。
HANAは私が1997年最初のスポーツ交流で中国に出かけている間に私の予感どおり死んでしまったのです。
中国に出かける朝、玄関の階段の途中からジーと私を見ていたHANA、その顔を見ていて私に最後のお別れをしているなと感じたのでした。持病である心臓病の悪化でした。
そして太りぎみながら今も元気にしていてくれる、PUSHです、見て下さいこの愛すべき顔・・・自分を犬だと思っていない。そして内の奥さんは間違いなく私よりPUSHに精神的よりどころをおいている・・・・・・・。

2004年11月22日女子選抜・・・厳しい
永い間しり切れとんぼになっていた中国遠征の区切りをつけないと・・・・・・・。
遠征前から女子の選抜チームのレベルが低い事が心配されていました。遠征前の合同練習で若干良くなったものの、本当のことを言うと「試合になるだろうか」と真剣に心配していたのです。
上の写真は入場式の風景です、左から2列目が我が半田市の誇る女子選抜です。そして3列目が今日の対戦相手の体育学校の選手です、たすけて〜。
恐らく身長差は優に30cmはあるでしょう。写真をよく見ていただくと日本の選手の中に動揺が広がっている様子が見て取れます。チラッと横を見ては「ウソ〜」と下を向く。
試合が始まると案の定一方的な展開になってしまう、下の写真の遠くにこの時点での点数が出てる、40何対2・・・・・・・・・私たちは応援に声を枯らすのです。
しかし、男子と一緒で暫くするとスピードや高さに少しずつ順応しはじめました、この試合、ポイントゲッターになった11番が果敢にドライブインを試みなど、すこしずつ形になってきた。右下隅は確かハーフタイムの点数・・・頑張っているけれど、厳しいよね〜。だけどこの身長差にもかかわらず必死に戦う姿、感動するよ!。

2003年5月30日中国バスケット遠征
半田市と中国の徐州市が姉妹都市になっている関係から1997年と2002年の2回バスケットボールのスポーツ交流に出かけてきました。
1997年は半田市の男子中学生選抜の選手を、2002年は半田市の男女中学生選抜の選手を連れて徐州市に行ってきました。
赤のラインが民間機を利用して移動、黒のラインは軍用機を使用、青は寝台車を利用しての移動でした。
1997年の寝台車はなかなかいいものでした、朝4時前にあかるくなってくる(8月だから)走っている汽車から、鍬を持って仕事に出る農民の姿がみえる。
それから何時間走っても見えるのは同じ畑と農民の景色だけ。「食料自給率」恐ろしい言葉が頭から離れませんでした。
中国は礼を尽くす国、おおげさいうと国賓待遇のおもてなしを受けました。しかし食事にはまいった、美味しいんだけれど、朝昼晩、全部中華料理なのです。
3×7=21回連続の中華料理・・・・・・・・・・・・・・「モウあかん」でした。
2002年の遠征前に来た中国の選手のメンバー表、女子選手183cm、178cm、181cm 男子選手192cm、189cm、194cm・・・・・。
とりあえず一緒に遠征する選手たちにはこのことは内緒で出発することになりました。

2003年5月31日入場式とウオーミングアップ
一番右が半田市の誇る半田市中学選抜チームです、半田市内の5つの中学校から選ばれた選手たちです。
真ん中が徐州市の体育専門の中学校です、一番左が第3中学校で勉強も運動も頑張っている名門の進学校とのことです。
不思議なことに体育専門の中学校より第3中学の方が強い印象を受けました。
しかし、この身長差をみてください・・・・・「たすけて〜」。
中国の選手が大きいことを内緒にして連れてきましたが、選手たちも実際に相手を見て大いにビビったみたい、下を向いて黙々と準備をしている選手の様子からそれが分かりました。
下はアップの時に、体育中学校の選手がダンクシュートをしているところです。
あんたたち本当に中学生?。
バスケットボールはコートの中を走り回るので、スピードや瞬発力などである程度はカバーできますが、上でボールを奪い合うことが多いためやっぱり身長差は大きい。

しかし、日本の選手は頑張ったのであります、本当に感動した。

2003年6月20日がんばれ男子
第3中学との試合が始りました。このセンタージャンプを見て下さい、ゆうに30cmは違うでしょう。この先どうなってしまうのだろうだろう・・・・・・フ−。
リバウンドはほとんど取られてしまうのですが、時々相手がおかすパスミスをうまく速攻に結びつけ、日本の選手もぽつりぽつりと点を入れてくるのです。
スピード、高さ、どれをとっても勝ち目はないと諦めていたのですが、なんと相手がメンバーを落とすと徐々に点数を縮めていくではありませんか。
そうこうしているうちに相手がベストメンバーになっても接戦を始めました、わずかな時間の間に高さとスピードに日本の選手が順応しはじめたのです、上からたたかれるのを避けながらシュートが打てるようになってきたのです。
余りの熱戦によく分からない見物客がどんどん増えてきて最高潮に達したのが下の写真です。

こうなると大変です、中国の応援団は「ジャーユ」と声を枯らして応援を始めます、私たちも、来賓席に座っていることを忘れて「そらーいくんじゃー!」などと立ち上がって応援を始めてしまいます。
ふと見ると、日本の応援団はほぼ総立ち、シュートでも入れようものなら歓喜の嵐「ヤッター」・・・・半田市と徐州市の姉妹都市関係、日中友好はどうなってしまうのだろう。



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