1月9日虫干し
 年末はスキーに出かけてきました.一昨年の怪我で懲りていたので、去年末は少し走ったりしてトレーニング(ほんのちょっと)を積んだのです。
今年のスキーのコンディションは上々でした.二日とも夜に降り積もった雪が朝4〜50cmになっている.朝一番のリフトに並び誰も来ない内に新雪の滑りまくりができたのです。朝10時半までが勝負でそれからは人が多くなり急速にコースが踏まれてしまいます。結局二日とも朝一番の1時間半だけのスキーで終わってしまいました,あとはいつものように(昼前から)ういスキー。
年が明けて、船の整備に行こうといっても、共同管理者は誰も乗ってこない、「しょうがねいな〜」と一人で出かけることになってなってしまった。やり始めると次から次とやりたいことが出て来る、中の物を外に引っぱりだし洗ったり虫干ししたりとかなりの作業になってしまった。そして不要になったものは全部梱包して送り返したのです。
天気が良くて(Tシャツで汗が出る)余りに気持ちいいのでカジキ用のルアーも芝生の上に虫干ししてやったのです(中の写真)





昼、ビールとご飯をいただきすぎて、お腹がはじけたまま我も虫干し・・・・アア情けない。

4月6日カジキシーズン到来
 10月から3月まで沖縄はカジキ釣りはシーズンオフ.4月に入ると釣れ始めるいうので、それではと3月、船の整備のため上架したのです。船底塗料をやってくれていたAさんから「村井さん船が割れてますよ」と電話が入る。割れている所を外から貼っても無理だという結論になり、中から修理をすることになった。 私も手伝ったけれど、大変な修理でした.何層にもなっているサンドイッチ構造のファイバーをジスクで切りながら最後はノミではつるという作業なのです。それでもAさんとHさん2人の助っ人が綺麗に作業を進め無事修理を終えることができたのです。
しかし、この風景「何で甲賀丸がこんなとこにいるの・・・」私には最後まで不思議な光景でした。

4月15日宜野湾花火大会
   4月12日夕方、マリーナに着いたら船のすぐ横の桟橋で助っ人のAさんやMさんが凄い勢いでバーベキューの準備をやっている。
話には聞いていたけれど、恒例の花火大会では男どもが全て準備し家族をもてなすのだそうだ。
総勢30名以上いただろうか、釣ってきた魚、ハンバーグ、お肉、ヤギ汁、暗くて良く分からないけれどいろんな料理が出て大バーべキュ大会になったのです。
Mさんの子供は9人、桟橋をちょろちょろするので小さい子供はライフジャケットを着せられている。次から次ぎにかわいい子供が顔を出し、まるで保育園か小学校のよう・・・面倒見ている母親、ホント凄いパワー。そして花火が始まるとこのすてきな「おば〜」たちは特等席で悠然と花火見学なのです.一番左の方は一番右の方のお母さん、「おば〜」と呼ぶと怒るのだそうです.もうすでに90歳近く、それでも当たり前のように「100歳以上生きる!」と元気そのもの。
翌日釣りから帰ると、また同じ所でパーティ、Aさんが今度は最初から本格的にヤギ汁を作っている。そして「村井さんヤギのさしみ美味しいですよ、どうですか」と言いながら自分たちもおいしそうに食べている。しかし、ヤギ汁は臭いが気になって手が出ないし、それにほんとにヤギをさしみで食べてしまうわけ・・・あなたたち!。
帰りのタクシーの運転手さんが「ヤギ汁はカロリーが高く血圧が上がりますから、沖縄の人泡盛飲んで寝るでしょう、血圧あがってそのまま寝たきりになる人多いですよ」と血圧の高い私にはとても恐い話をしてくれたのであります。

5月10日ゴールデンウィーク
 私達の沖縄でのカジキ釣りのフィールド内にある主な島です。久米島まで約45マイルほどでキロに換算すると約90Kmほどです。行ったら帰ってこなければならないので1日200Km以上魚を求めて走り回ることになります。
下のGPS画面はゴールデンウィーク中の5回の航跡(赤のライン)です。
初日は久米島の有名なポイントであるスーガマへトローリング、小さな魚ばかりでカジキはヒットさえしなかった。帰りはスターン(船の後)から波がかぶる程の中での釣りになってしまった。
2回目、3回目は南(画面の下)に下り、パヤオとケラマ堆を重点に釣りをした。一度だけ大きな当たりがあったけれどフックアップせず、この日もカジキはだめでした。
久米島で牛マグロを狙っているNさんから電話が入る「村井さんそっちはどう」「全然ダメ」「こちらも魚の反応が渋い、生き餌でこれではたぶんルワーに反応しないだろうな〜、結局こっちも、マグロはダメで外道のカジキが4本釣れただけ」「外道!・・・・・」。
5回目にはいつものメンバ―も合流して気合が入ったけれど結局ノーヒット、最終日は凪ぎが悪く結構しんどい釣りになったのです。朝4時ないしは5時出航して遅い時は夜7時に入港ですから昔のセブンイレブンの営業時間といい勝負、仕事ではとてもできない・・・・・・。

5月27日今年、最初のカジキ
 8回目のトロ―リングでやっとカジキを釣ることができた。この日は4時に出航5時半に仕掛けを出し始める。一本目の仕掛けを流して2本目を用意している内にヒット、まだ5分くらいしかたっていない。この調子だと、今日は何本カジキが捕れるだろう・・・・・・・・。







しかし、後が続かない、海を睨み続けている助っ人たち・・・・そんなに、にらみつけているから来ないんだって・・・・。

5月27日船中泊
 カジキの魚場に近い、渡名喜島の漁港で宿泊、もちろん4人とも船中泊です。シャワーやエアコンなどはとっくの昔に壊れてしまっている。泊めたとたんに大量の虫が飛んできた。大きな図体の割に虫恐怖症のHさんが蚊取り線香を焚きまくっている。そんな様子をみながら「なにやってんのー」美味しい泡盛の湯割りを飲みながらカラカッテいたわたしが最初にダウン。





夜中、蚊にかまれて目が覚める、真っ暗な中、一人が起きていてインスタントラーメンを食べている、まだ朝4時前、「何という世界!」もうひとりは外で寝ているし・・・・・。

5月27日カジキのファイト











 この日(二日目)はたまたま、カメラを操縦席の隣に置いていた。
この直後、このカジキは一気にラインを600メ―ター以上引き出したのです。そして、突然、ラインが止まった・・・ラインブレークだったのです。

5月27日ラインブレークの原因

 ラインブレークの原因がラインのスッコ抜けだと分かり「モー、何やってるの、もったいない!」とぼやいた私。
人のせいにしていたけれど、暫くして、あのラインをカシメたのは自分じゃ〜なかろうかと気がついた。 下の2人の助っ人は、とっくの昔に「村井さんが作った飛行機(道具の一種)は使わないようにしようね!」「壊れるから!」などと陰口をたたいていたという。

6月12日一番大きなカジキ
 この日はサムズカップというカジキ釣りの大会があリ、いつもの助っ人3人は他の船に乗ったため本当の初心者との釣りになった。
おそらく、カジキが掛かってしまえば相当苦労すると考え、電動リールを主体に仕掛けも少なめにして釣りに出かけた。
出航してまもなく、左側のMさんが船酔いでダウン、ほとんど寝たきリの状態になってしまった。もうひとりのHさんは今日が初めてというバリバリの初心者。
昼ちょっと前、シイラに続けて連続ヒット。今度はカジキ!、ラインの出方が全く違う、「飛ぶよ!」.ダウンしていたMさんも起きだしてきた、後ろでカジキが凄いジャンプを繰り返している、「久しぶりに迫力のあるカジキ!」同乗者は「凄い!」とただ見ているだけ、写真を撮りたいけれど仕掛けをかたずける人がいない、急いで他の仕掛けをかたずけている内にカジキが潜ってしまった。さ〜これからが大変、ただ1本の手巻きのリールにヒットしてしまったからです。右側のHさんがファイティングチェアーに座って格闘が始まったのです。ふとリールのラインを見ると真ん中にラインが寄ってしまっている、「巻く時、ラインを指でガイドして平均して巻かないと!」「ああ、そう!」。
45分程で手元に寄ってきた、銛を打った直後「あー針がはずれた!」。それから銛のラインで魚を引きよせギャフ(私が)を打った。しかし、見て下さいこのへこたれギャフ、銛を使わなかったら恐らく今回ばらしていたでしょう。



翌日の朝の光景です、駐車場に止まっている軽トラはいつもの助っ人のものです。昨日の夜、全員が桟橋に集まりバーべキュが始まったのです.酔っ払った助っ人達が置いていったものなのです。
彼らは、大会の最終日4時ストップフィッシングの2分前の3時58分にヒットさせカジキをランディングしたそうです・・・ほんとにしぶといやつらだ。




この日も本当は釣りに出かける予定だった.助っ人のHさんは桟橋のバーべキュのあと家に帰らず船に泊まり込んだ、「気合が入っていたのです」。朝4時Mさんも合流、さ〜エンジンを掛けようとしたら片方が掛からない・・・・。
助っ人2人は急きょ仕事に出かけ、私は一日中かたずけと、洗濯になってしまったのです。




ふと、目を上げると、沖縄の町が明るく輝いていた。「まだ7時か・・・」
昨年の5月から夢中で楽しんだ沖縄でのカジキ釣り、6月末に船を三重県に回航する予定になっている。 こちらで知り合った人たちのことが、なぜかこの風景に重なるのです。

7月8日辛い別れ
 住み心地の良い沖縄から別れる時がきました。直前まで迷いに迷いましたが・・・しょうがない。
漁船登録の検査を1年延ばしていることから、今年はどうしても受けておかなければならないと考えたからです。
前日の夕方、ポツリポツリと仲間が集まり始め、船でバーべキューが始まったのです。助っ人3人が送別会をしてくれているのです。
しかし楽しい思い出が一杯だっただけに、飲んでも食べても、心が湿ってきてしまうのです。
帰りの燃料を入れようとしたらいつものGSが休み、助っ人のAさんが他のスタンドを手配してくれた.免税券を後から送ることを認めてくれないスタンドの職員に「何かあったら、俺が全部かぶる」と啖呵を切って燃料を入れさせたAさん。
直前に2日ほど自分の仕事を休んで甲賀丸の電気配線をやり直してくれたM助っ人、この日も「帰りに食べていって」とそーめんとサンドイッチ、ヘチマの酢付け等たくさんの食料を積み込んでくれた。 助っ人のHさんは、前日の昼に船の中でぼんやり寝ていたのだそうだ、ルアーが洗って綺麗にならべられていた。
・・・・・・・・・・・・ますますと湿ってきてしまうのです。

7月8日沖縄最北端
 寝たのが1時近かったのに、2時に目が覚めてしまい、寝られない。
昨日の食べ残しのかたずけや食器を洗っていると、同僚のT氏が起きだしてきた、「蛾がうるさくて寝られない・・・・」
「船出すか?」と私。返事がないのでももう一度寝るのかと思っていたら、舫をとき始めている。慌ててエンジンをかけ船をバースから離す。時計を見たら午前2時半だった。
雨が降り始め、雷も鳴る最悪のコンディション.真っ暗な海GPSだけが頼りの航海が続く。時どき雷がピカッと光ると昼の光景のように前がよく見える。
ようやく明るくなり始めた5時半、沖縄最北端の半島を通過、いよいよ沖縄とお別れだ。

7月8日奄美大島
 与論島:am6時通過
沖之永良部島:am7時20分通過
徳之島:9時20分通過
波も穏やかで快適なクルージングが続く、ちょうど午後12時ドンピシャリに奄美大島に到着した。宜野湾から9時間半かかったことになる。
燃料補給している間に、昨年ひどい目にあった海上保安部に挨拶に、せっかくなのでついでにトカラ列島の黒潮情報をもらうことに、あまりの親切さに拍子抜け。部屋を見回しても去年の7人は誰もいない。巡視艇がいないので外にでているようだ。
航行区域は沖縄で検査を受け直したので、問題はないけれど「クワバラ、クワバラ」滞在30分で奄美とおさらばした。

7月8日悪石島


 これは3年ほど前にインターネットで検索した時の悪石島の資料なのです。この「やすらはま港」の写真、いったい何処から撮ったらこんな風景になるのだろうと、それ以来、頭から離れないのです。 そして何時かは、甲賀丸が停泊している所を同じアングルで撮りたいと、ぼんやりした夢を持つようになっていたのです。 昨年も天気が悪くて断念した。今度こそと奄美大島を出航して真っすぐ悪石島に船を向けたのです。約60マイル、4時間弱で着くはずです「楽しみ」「海よ静まれ!」

7月8日悪石島到着



 少し波の状態が悪くなってきたけれど、巡行速度で走れる。
4時間ちょっとでやすらはま港に到着した。見上げれば島全体が山・・・・・。港には誰もいない.人家らしきものは見当たらないので集落は別の場所にあるのだろう。
あの写真は何処から撮ったのだろうと見渡すと、凄い傾斜の道路が斜面にへばりついている。「こりゃ車がないと無理だ」と弱きになる。それにしても人のいない島だ、もう1時間以上たつけれど人が出てこない。

7月8日やすらはま港


 待っていても人が来そうに無いので、カメラを持って歩きはじめた「こりゃ限界だな」と思った所で撮った写真、ホームページの写真とは比べ物にならない.車の手配をしなければ無理だとあきらめる。 この島には売店というものがないので、民宿で3食お願いするという、民宿に泊まって民宿の車で連れてってもらうしか手がなさそうだ。もう日が暮れる、明日は朝早いので次回の宿題になった。

7月9日悪石島の夕焼け


 14時間連続の運転で疲れてしまっていたようだ.泡盛を飲んで堤防にあお向けに寝て空を見ていたら、いつのまにか寝てしまった。
「堤防のコンクリートが日中の太陽に照らされて暖かい、背中がほんわりと優しい・・・・・・」
ハット目が覚めたら、この夕焼け、悪石島の夕焼けは美くしいという・・・「ほんとだ!」

7月9日悪石島出航
 朝6時に目が覚める、すっかり寝過ごしてしまった。準備を整えへて出航。やすらはま港を出航してすぐ仕掛けを出す、何がいるのか分からないので、カジキ用の仕掛け2本とマグロ用ジャンボ仕掛けを1本流す。ジャンボ仕掛けにすぐヒット、簡単には切れないように何重にもしてあった切リ糸が簡単に切られている、「かなり大きそうだ!」
電動リールが格闘しているがなかなか魚が寄ってこない。又ラインが勢いよく出ていくな―と思って見ていると、突然ラインがとまった「バレてしまったのです、残念」、結局大きな当たりは朝一番のこれだけになってしまったのです。
pm1時までトカラでの釣りを楽しんで、種子島に向かったのです。種子島の西之表港に着いたのがpm5時、燃料を補給して、「とりあえず、食事に行こう」ということになったのです。
7月9日3日間で到着
 種子島で食事を済ませて外にでてきたらまだ明るい、7時ちょっと前だ。フランスパンだけ買い足して船にもどる。今日は夜通し走ることに決定、pm7時にさっそく出航する。
西之表港でとしま丸と出航が一緒になった、これから奄美に向かうのか、それとも鹿児島なのか、2年ほど前、乗りたくて時刻表を詳しく調べたことがあるので、勝手に親近感を持ってしまった。
運転をT氏にまかせ、出航してすぐ寝てしまった。pm11時半に起こされる。運転を代わると真っ暗、天気が悪いのだろう雨も降り始め「ほんとに真っ暗」。さすがに1時間ほどは恐怖感に襲われる。でも不思議なもので前を見ようとしなければ恐怖心が無くなっていくのです。am6時に高知県の佐賀港に入港、燃料補給を済ませ、すぐ出航am7時半だった。途中、室戸から串本までが波が悪く走れない、3m以上の波だ。衛星携帯で船舶気象情報を取ると「串本、波1m」やっとのことで串本に着いたらほんとに嘘のように凪いでいる。
pm6時近く、ぼんやりと志摩半島が見えてきた。
この梅雨時を選んで正解だったのでしょ、3日間で沖縄から帰ってきたのでした。

9月1日沖縄の3人
 助っ人のHさんがこの姿勢で居眠りをしていたので、写真を撮ってやろうとしばらく構えていたのです、しかし「おかしいな〜」・・・殺気を感じたのかあとは寝てくれないのです。 3人の中で一番夜遊びが激しいらしいので、Hさんはしょうがないのでしょう。 一度だけ3人全員が寝てしまっているのを見たことがあるのです、MさんやAさんが寝てしまうのは今まで見たことない、そーとカメラを取って来ようとしたら、3にんともパッと目を覚まし起きてしまったのです。 たとえ一瞬寝てしまっても、証拠は残さない、「しぶといやつらだ・・・・」

9月1日記念ポロ・Tシャツ
   沖縄での1年間をイメージしたポロシャツとTシャツができあがりました。背中側には沖縄にいた期間と釣ったカジキとその数、それと船名を。胸側には甲賀丸のトローリングしている後ろ姿と、船名を入れて欲しいとホームページの管理をお願いしている佐藤さん(WEBstudio310.com)にお願いしてデザインをしてもらったのです。
色はピンク、パープル、オレンジ、ホワイト、ブラックの5色です。シルクスクリーン印刷で結構気にいった仕上がりになりました。これでやっと、次の沖縄に向けての切りがついた気がするのです。

9月1日こちらでの新記録
 沖縄から三重に戻ってから、2度釣りに出たけれどカジキはまだ釣ることができずにいたのです。昨日3回目のトローリングに出かけました。7時頃最初のカジキがヒット、40分ほどでランディング、魚を解体し始めたら2匹目のカジキがヒット(写真)。これも40分ほどでランディング、時計を見たらまだ9時前だった。2匹のカジキを解体氷詰めにしてやれやれと思っていたら3匹目のカジキがヒット、このカジキは銛まで打ったが、最後の最後でラインブレークと銛のスッコ抜けでバラシてしまった。もうそろそろ帰ろうとした午後2時頃、4匹目のカジキがヒット、これも手元で手こずったけれど無事ランディング。1日に3本のカジキというこちらでの新記録になったのです。

9月1日沖縄からの助っ人
 8月24、25日の両日、沖縄から来た助っ人2人と志摩沖でのカジキ釣りに出かけました。初日は午前中3メータ以上の波の中での釣りになってしまいました。しかし、午後は少しずつ波も収まり楽になってきた。この日は4回ヒットがあり2回ファイトをしたが結局魚は取れずじまいでした。
その内の1回は電動リールにヒット、ラインが700メータ以上出た、魚が止まったのでラインを巻取ろうとしたら電動でも手動でもラインが巻取れない、ドラッグがバカになってしまったのです。ラインを切って大型のホーラーにラインを移しあと20メータのところまでラインを巻取ったが針はずれ・・・残念。
2日目も出て3時間ほど仕掛けを流したが、だんだん波が高くなってきて、時々、船から振り落とされそうになる。
もうダメだ・・・とam9時近くに港に逃げ帰った、沖縄の雨・風男の二人が悪天候も一緒に連れてきたのです。

12月19日プロ仕様
 釣り好きのおじさんが亡くなった、一番年の近いおじさんだったので兄のような存在だった。
先週、おじさんの船を見てきた、船内がきれいに整頓され、大事にしているのが痛いほど分かった。
亡くなる2週間程前、車で桟橋まで船を見にきたのだそうだ、しかし体力が無く船までは上がれなかったそうで、車の中からぽつりと「しょうがない」と言って帰っていったんだって。

今年の夏、電動リールの不調で3匹のカジキをばらした。メーカーに修理にだしたら、「この方、どんな使い方をされているのですか」と釣具屋が聞かれたそうです。
ドラッグが熱で溶けてしまって、こんな壊れ方初めてですよと言われたそうです。

無念だっただろうおじさんがダブって、後悔のないよう<プロ仕様にして、死にきりやってやろうと決めたのです。

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