1月16日2007年 初夢
 年末のスキーで右足の膝を痛めて、新しい年が始まってもうまく歩けない日が続いています。思うように体が動かないストレスなのか、気持ちだけは大きくなってきて、こんな初夢が具体化してきたのです。

グリ―ンの●:昨年訪れた八丈島
 ピンクの●:一昨年訪れた宝島
   赤の●:今年訪れる予定の沖縄島
   黒の●:ホームポート(三重県大王町)

昨年の5月の連休の八丈島釣行はそれなりに楽しいものでした。もう一度行っても楽しいだろうな〜とも思うのですが。一昨年の宝島釣行のことが頭から離れないのです。走っているだけで満足な釣りができなかったことなど、ああすればよかった、こうすればよかったなどまだ引きずってしまっているのです。今年はその決着をつけるために沖縄に行くことにしたのです。4/29〜5/6までかけて沖縄へクルージングする予定です(赤の●)。悪石島、宝島、沖永良部島、与論島など帰港したいところが途中山積みです。片道約650マイル(約1170Km)あるので、巡行速度で1日10時間走っても150マイルですから4日はかかることになります。しかし一昼夜ぶっ通し走る日が1日あれば3日で着くはずです。5日間余裕を見ておけば途中かなり遊んでいけるはずです・・・楽しみ。
一昨年、往復で1000マイル近く走って相棒のTさんが「家に帰りたい症候群」になってしまったので、同じ失敗は許されません。今年は沖縄の宜野湾マリーナに船をおいて飛行機で帰って来ることになります。
6月と7月に休みを取って飛行機で行ってケラマや久米島でのトローリングを楽しむ。何が何でも実行しなければなりません。そのために超割のエアーチケットを手に入れなきゃ〜。
そして8月のお盆休みに今度は沖縄から三重県大王崎までトローリングしながら帰ってくるのです。

海図:日本水路協会(http://www.jha.jp/kaizu/c.htm)

2月16日宜野湾港マリーナ
 上の写真は那覇市のちょっ上にある宜野湾市にある宜野湾港マリーナです。そう!歯科医師会の打ち上げ旅行で沖縄に出かけたので、ちょっと偵察に出かけてきたのです。
沖縄県営で綺麗な所とは聞いていたけれど、実際目にして素晴らしいロケーションと設備にびっくり。
さっそく、事務所に入っていろいろ説明を聞いてきた。
   1)繋留だけで、保管・管理は行わない
   2)月単位の繋留は書類が通れば可能
   3)5月から繋留なら4月の中旬までに必要書類を提出する
   4)大型バースの数がすくないので中型バースになることもある
そして、必要書類と料金表をもらって帰ってきました。
そして下のホテルは宜野湾港マリーナーのすぐ前にあるフェストーネというホテル、3階からマリナーが一望できるんだそうです。こじんまりしたホテルだけれどレストランもあり中々の雰囲気・・・。
恐る恐る頼んだソウキそばが美味しくて凄いボリューム、外にはバーべキユ―設備も整っている.少し前に予約してくれれば材料も揃えてくれるとのこと、結構気にいった。
5月の3日〜5日までとりあえず予約を入れてきました。

宜野湾港マリーナー:http://www.pref.okinawa.jp/kowan/ginowan.html

4月14日沖縄クルージング
   4月の29日から5月6日までの8日間、甲賀丸で沖縄まで釣りに出かけてきます。
三重県の大王崎から沖縄の宜野湾まで約700マイルです。海上マイルですから700×1.8=1260Kmあります。
一昨年は燃料補給に苦労したため、今年は燃料補給を考慮し作った行程表が左の図です、もちろん天気しだいなので動ける時には予定を変えて夜通し走らなければならないこともあるかもしれません。
とにかく、今年は片道なので無理をしないようにしました。一昨年思い残した悪石島にも上陸し宿泊する予定です。そして一度は行ってみたいと思っていた沖永良部島や与論島にも立ち寄る予定です。
5月、もうむこうは初夏でしょう。ゴールデンウィーク、海よ静まれ!

            (図をクリックすると拡大できます)

4月25日衛星携帯電話
 右側の普通の携帯電話は岸から12マイル程度離れると通話ができなくなります。しかし12マイルというと22Kmですからよく電波が飛ぶものです、体に害があるのではないかと心配する人もいるのも分かる気がします。
左の携帯電話はイリジウム衛星携帯電話です。空が開けていれば世界中どこからでも通話できるとされるもので、外洋では頼りになるはずです。昨年はレンタルであったために充分機能しなかった反省から今回はマリンアンテナも含めて購入することにしたのです。
先週の日曜日にアンテナの設置をすませ通話試験も済ませてきました.マリンアンテナのおかげで送信だけでなく着信が確実に取れるようになったので今度は大丈夫のはずです。
しかし、通話は全て国際電話扱いになるのだそうです、携帯にしがみつく最近の子供たちに使わせたら恐ろしい金額になること間違いなしです。

4月28日準備
 一昨年の宝島釣行は出がけにコンビ二で食料と水の購入をするなど極めて準備不足で出かけてしまいました.何もなかったからいいようなものの今考えるとちょっと恐い気がします。
今回は食料だけでなく、こんなものまで用意したのです、傷口を縫う道具です。
10年程前シイラの掛かった針が手のひらに刺さってしまったのです、魚が暴れてあまりの痛さに思いきり引っぱったら大きく傷口が開いてしまったのです、その時はバンドエードで傷口をふさいだのですが、仕掛けを上げる時にすぐバンドエードがはずれてしまい困ったことがあったのを思い出したからです。
しかし、どうも性格が極端だなあ〜・・・ここまですることはないか。

5月11日沖縄出発
 28日仕事を終えて車で基地へ出発した。途中、同僚のT氏から電話がかかる、「お願いがあるんやけど」・・なにい・・「一人同行したい人がいるんだけれど乗せってってくれん」・・・エエエッ、何も前日に言ってこなくても。
聞けばダイビングのインストラクターだという。どんな人、性格は?。電話では要領を得ないがいちかばちか了承をしてしまった。何もかも二人分しか用意してない、どうなるんだろう。
29日、燃料を補給して出航したのが午前5時、時間もピシャリときてこれならやっていけるかもしれないと感じた。
この日は波もなく絶好の日和になった、沖合で迎えた日の出です。

5月25日種子島から屋久島へ
 種子島で朝目覚めると凄い風、天気図を見てみると低気圧の前線が通過しているようだ、強風波浪注意報まで出ている。
昨日、発電機と電気炊飯機の相性が悪くてご飯が炊けなかったことから、圧力釜などの調理器具類の買い出しにでかけた。
それらをつかって同行のN氏(ダイビングのインストラクター)が手際良く美味しい朝ご飯を作ってくれる、ほんと便利な人だ。
昼ぐらいまでブラブラしていたが、だんだん我慢できなくなってきた。同僚のT氏に「風も少し落ちてきた、この風なら追っ手のはず何とか走れるのではないか」と持ちかける。
T氏・・・・・「何とか走れんことはないやろう」・・・・・。
強風波浪注意報の出ているなか、午後1時半「それ〜」と種子島を出航してしまったのです。
屋久島の安房港を通り過ぎ、屋久島の裏を抜ける辺りから風と波が強くなりはじめた。目指すのは栗生港(黒い矢印)、もう僅か数マイルなのだが走れない。油断していると船首が波に突っ込みそうになる、波の高さは優に4メートルはこえているだろう。
正直、凄い恐怖心に襲われる・・・「恐い」。様子に気ずいたT氏も上に上がっきて引き返すかどうか話し合う。しかしGPS上でちょうど真横に避難港のような港がある、とにかくそこに逃げ込むことにした。逃げ込んだ港が湯泊港(下の写真)でした。風が吹き込み良い港とはいかないけれど、贅沢は言っていられない、今日はここに宿泊することになった。黄色の矢印は有名な湯泊温泉なんだそうです、同行の2人は夜歩いて温泉に入りにいったそうです、「温泉がぬるくて寒かった」が2人の感想でした。
私はへこたれて寝てしまったのです、出発してすでに3日が経ったのですが、風呂どころか着ているものは家を出た時のままなのです。実に不潔なのであります。

5月29日悪石島を断念
 朝起きると、屋久島は今日も強い風が吹いている。低気圧の前線がまだ通りすぎていないようだ。しばらく様子をみていたが日程の遅れが気になってしょうがない。7時半まで我慢したが出航することにする。「奄美大島は天候が回復している、だいじょうぶ」と自分に言ってきかせる。
港を出ると凄い波、一瞬ひるむ。「ここは浅いから特にひどいのやらろ〜」とのT氏の言葉を信ずるしかない。 水温が26℃近くまで上がって来る時がある、黒潮のど真ん中を走っているようだ、水温が上がって来ると波が高くなって来る、黒潮の流れと風が逆になっている所が特に凄い波になっている。
悪石島に向けると右前から波がきて走れない、左に少し落とせば楽になる、再度悪石に向けるとまた辛くなる、その繰り返しを何度もくりかえす、しかし「こりゃ〜だめだ、奄美に逃げよう」と遂に悪石島を断念し、奄美大島に向かうことになってしまったのです・・・・・・・残念。

中の写真:最悪の所を抜けだして少し落ち着いてきたところで
撮った写真です、大きな波がスターンからドドドーと
襲って来るのです。




下の写真:奄美大島に近ずくにしたがって波が無くなり走り易く
なってきました。本当はまだ結構波があるのですが、
写真に撮るとこんな感じになってしまうのです。

5月31日奄美大島
 やっとのことで奄美大島に着いた、燃料補給をして少し落ち着いたので風呂に行こうということになった。 そういえば自分はもう5日も風呂にはいっていない、近くに風呂屋があるというので歩いて出かけることになった。
さっぱりして食料を買いたしそのまま食事をするかどうか迷ったが、とりあえず船に荷物を置いてから出かけようということになり、船に戻ると待ちかまえたように海上保安部の職員が7人も来た、何だろうと思っていると「書類を見せて下さい」という。そして書類を広げ即座に写真を撮り始めるではありませんか(中の写真)。
「あなたたち何処から来たのですか」「三重県から」。「あなたたち航行区域違反ですよ」「エエエッツ」。
甲賀丸は漁船登録してあるけれど、航行区域が12マイルまでとなっているので宝島から奄美大島までの間が宝島からも奄美大島からも12マイルではとどかないので違反なのだという。「書類は預かります」「明日9時から取り調べをしますので保安部まで来てください」とのこと。翌日朝9時から始まった取り調べは昼食をはさんで何と4時までかかったのです。調べたことは
  1)何処から何処を通ってここまで来たのか
  2)何故、航行区域違反であることに気ずかなかったのか
の2点だけなのです、それに6時間もかかったのです。聞いてはいたけれど悪評高い海上保安庁の取り調べに精気を全部吸い取られていくのです。
聴けば、甲賀丸の動向はすでにマークされ屋久島や種子島を何時に出航したのか通報されていたようです。
上陸したときに島の中を走り回れるように用意した自転車が「取り調べ」の足になるとは・・・。
この取り調べに要した1日が唯一風も波もない絶好の釣り日和の1日だったのです。

6月4日沖縄到着
 海上保安部での取り調べが終わったのが午後4時。当初、奄美大島で船を拘束すると言っていた海上保安部が沖縄までは島ずたいに行けば12マイルの範囲内で航行できるので行ってよろしいと許可が出たのです。そして「ここは密入国や薬(麻薬)の多いところ、どうしても取り調べが厳しくなります気を悪くせんで下さい」「気を付けて行ってください」と優しく送り出されたのであります。
こんないい日「クソー」。これ以上精気を吸い取られたらへこたれてしまう、すぐ出航するぞ!。 名瀬を出たのが午後4時半、沖永良部島まで行くことになった。この日は月明かりで結構視界がきいて快適なクルージング、5時間で沖永良部島の知名港に入港できた。
「夜、入港するなら沖永良部の知名港がいいですよ。与論島はリーフが多いのでお勧めできません」と例の海上保安部からアドバイス受けていたのです。
翌日、港を出てすぐ仕掛けを出した。今回のクルージングで初めて仕掛けを出すことができた、与論島をかすめながら沖縄に向けてトローリングが続くのです。
水温、鳥山、潮目、どれもパッとしない海が続くけれど、仕掛けを出しているいることが嬉しくて、気分の良い時間がゆっくり流れる。昼近くぼんやりと沖縄本島が見えてきた、「本当に来たんだ!」。伊平水道を通過しているときに左右のマグロ用の仕掛けにヒット、片方はばれてしまったが、もう一方の仕掛けで釣り上げた魚です4〜5Kgのローニンアジ(GTともいう)でした。
結局、今回の釣行で釣れた魚はこれだけ、情けない結果になってしまいました。天候が悪くトカラ列島での釣りができなかったことが一番悔やまれるのであります。ああそれと・・・・・・・・海上保安部。
飛行機で行って陸から見た宜野湾港マリーナに甲賀丸で海から入って行けたのは私にとって特別なものでした、5月4日午後5時半のことでした。

6月6日 カジキ1
 5月27、28日沖縄で釣りをしてきました。沖縄の海の様子が分からないことから、沖縄の助っ人3人との釣りになりました。
日曜日はシイラのみ、月曜日は午前中までしか時間がありません宜野湾港マリーナから近いポイントでトローリングを始めたのです。午前7時当たりが全くないので、仕掛けを上げて場所を変えようか「どうしよう」と相談、時間もないし「今日はここでやろう」と決めた。そうしたら10分もしないうちにヒット。

一番上の写真
カジキがヒットした直後、リールのドラッグが強めに締めてあるので首が振りにくそうにしている。
(写真を拡大するとビルを出して暴れている様子が分かります)


カジキが走らないので、船を全速で前へ走らせた。400メーターほど後方で激しく抵抗しています。







リーダーまで寄ってきたカジキがうっすらと見えます。カジキ釣りはここからが正念場。









魚を暴らせないように、手元に寄せてくる。









ギャフを持った助っ人が待ちかまえる。

6月8日海の朝
 この日の海の朝の風景です、みなさんにお裾分けします。

6月15日仁義
 6月10日、11日の2日間、2回目の沖縄に行ってきました。そして何と、二日間で5匹のカジキを釣り上げたのです。その様子は次回にお見せします。
10日の朝4時出発の予定だったのですが2人が寝坊、5時の出航となってしまいました。さ〜出航しようとマリーナを出始めたら、助っ人3人が何か始めたのです。
泡盛の一升瓶をラッパ飲みしたあと、海に一礼して泡盛のお裾分け、そして次の助っ人が又ラッパ飲み、そんなことを繰り返しているのです。この3人、海に感謝して仁義を切ったのです。

6月19日ファイト
 60Kg弱の小さいカジキは大変元気がよく、このように手元に寄って来てからもジャンプを繰り返します。
最後まで徹底的に抗戦する姿に申し訳ないと感じてしまうのです。
東京のK先生に5匹釣ったと自慢のメールをいれたら、「かじき側にたってその将来を考えたりしなくても良いのだろうか」と返事がきた・・・・・・・。

6月21日コバルトブルー


 上の写真
カジキをランディングした直後の写真です。この3人は生きたままランディングさせてしまうのです、強い。









下の写真
とどめを刺すと、一瞬このようにコバルトブルーに変色するのです。

6月22日水産解体工場
 この3人は釣れたものを海に返すなどと行った発想は微塵もありません。海の狩人で、捕っているのは食べものなのです。
釣り上げるやいなや、鰓を取り、内臓をきれいに洗い「内臓はホルモンと一緒、おいしい!」などと言いながらビニールの袋に小分けしながらクーラに入れていくのです。








だいぶ解体が進んだ時、2匹目のカジキが釣れてしまったのです。かれらは前のカジキを放っといて新しいカジキの鰓と内臓を出し始めたのです。そこまでやっておいておもむろに前のカジキの解体に戻るのです。ほんと、この3人のフォーメーションと動きが絶妙なのです(3番目の写真)。しかし船が生臭くなる、私は「ここは水産解体工場か」と言いたいのであります。








1時間もすると2匹のカジキは、きれいな切り身になりビニールの袋に収まり氷ずけされるのです。
今回は泊まりがけの釣行であったため、2日間でおよ400Kgの食料を確保したことになるのです。
3人が海に感謝をする仁義は、食べ物の恵みに感謝をしていたのだと分かったのです。

6月23日ラインブレーク
 このカジキはヒットして一気に700mのラインを引っ張り出したのです「アア、ラインが足らなくなる!」と焦った直後「パシン」とラインブレークしたのです。4人はぼーっと海を眺めて暫く沈黙の時間が過ぎたのです。
使用していたラインは130ポンド、ほぼ60Kgの重さのものを垂直に牽引できる強度を持っているのですが、あっけないものでした。





ラインブレークの原因はヒットしたと時に切れるように調整してあった「切り糸」でした。
恐らく切れた切り糸がロッドのガイドに引っかかっていたのです、ものすごい勢いで出て行くラインがそれに絡み着いてしまったのでしょう。良い経験になった・・・2度と同じ失敗はしないぞ。







帰りの船を操縦しながら、ふと後ろを見ると助っ人のH氏が写真を撮っていた。
2日間で捕った5匹のビル(角)としっぽをきれいに並べているではありませんか、その様子を今度は私がパチリ。



7月14日沖縄釣行その4
 カジキ釣りは最後手もとに寄せてこのように(上の写真)ギャフを打ちます。この状態で、今度の新しいS助っ人はカジキが死ぬのをじ〜とまっているのです。大変慎重な人なのです。「何度も周りが怪我をしたので慎重になってしまったのです」と言うのです。
カジキ釣りのルアーの配置のひとつのパターンです。4本のルアーを流していますがほとんどのカジキが一番船の近くのルアーに来るのです、船を怖がらないというか、無神経なのか、船から5メーターぐらいでもヒットすることがあるそうです。
さて4回の釣行で計7回(1回は天気が悪かった)のカジキ釣りをしました。そして9本のカジキを捕ったのです。今まで20年近くやっていて12本ですから凄いペースです。
9本目のカジキはA助っ人が大きなブロックにして60Kgほど宅急便で送ってくれました、スタッフ、知人、現場監督、植え木屋、設計士、皆で分けて食べた、絶品のカジキマグロだったのです。少しゴマをすったのでさ〜もう一度。

7月24日助っ人紹介
 このページでよく出てくる、助っ人を今日は紹介します。
左がA助っ人、沖縄の海に詳しく、釣りにも詳しい、頼もしい助っ人です、そして大型魚解体の名手です。
真ん中の濃い顔をしたのがH助っ人です、ルアー造りの名人です今回釣ったカジキはほとんど彼の作ったルアーでした。2月の沖縄旅行で私の執念で見つけた人です、彼からA助っ人を紹介されたのです。
右側がM助っ人です、魚がヒットするとこの人がファイトする係のようで、この3人の中では魚引きよせ係が定着しているようです、最後の最後まで海を睨み続けている人です。
一昨日のトローリング大会で154Kgのカジキを釣り上げて優勝したそうです。しぶとい奴らだ、おかげでこちらはボーズ。

9月3日お盆休み
   8月10日朝一番の飛行機で沖縄に向かう。6日間の休みだ、4回は釣りに出れる、嬉しくてちょっと興奮している。
まもなく着陸しますと機内放送が入る、ふと下を見ると海が真っ白にしている、「エエエ、そんなバカな!」、週間天気予報では沖縄は全部晴れマークだった。
マリーナに着いたらNさん(釣りの名人)から電話、「今、久米島にいる、朝起きて天気が急変しているので驚いている」「飛行機が飛ばないかもしれないので早く那覇に戻るつもり」「村井さんも一度帰った方がいい、この様子じゃ〜火曜日ぐらいまで出られないだろう」などと言う。まだ今日は金曜日、火曜日なんてそんな・・・・・まさか。
一番上の天気図は8月12日のもの、11日から14日までこの天気図のままだったのです。すさまじい雨と風、消防車が走り回っているので何だろうと思っていると、近くで車が水没して救助しているとのこと。この時、沖縄では1年分の雨が1日で降ったという。
その後、陸の天気は回復してきたが海の状況は波5メートルが5日間も続き最悪のお盆休みになってしまったのです。
この時、内地は晴天続き「タオルが1時間で乾くよ」だって、モー。 15日(水曜日)は帰る日、朝11時の飛行機を夕方5時半に変更して最後のチャンスにかけた。台風が近ずいて来ており、波4メートルうねり伴うの中で出航したのです。しかし朝5時から12時半まで粘ったけれど結局ヒットなしで終わってしまった。
帰り、非肉なことに那覇の空港から見えるケラマ諸島(いつも走り回っている海)が穏やかにキラキラと輝いていたのです。

9月25日10匹目のカジキ
 7月22、23日の釣りが初めてボーズ。8月のお盆休みは天気が悪くて釣りに出らない。9月の9、10がまたまたボーズ。
9月23はサワラのみ、「こりゃ〜いよいよだめだ」「カジキがいない」翌日(24日)少し弱きになって釣りに出かけたのです。
思い切って、昨日とは場所を変え粟国島(あぐにじま)に向かった。2時間程ポイントを流すが全くヒットなし、久米島の横のスーガマに移動、潮が悪いのか魚がいそうな気配がない。時間も気になるので帰りながら、いつもの渡名喜島のポイントを流しているとヒット、時計をみたら午後1時だった。ラインの出方が元気ないのでサワラだろうと思いながらラインを巻き始めたら魚がジャンプ白っぽい魚体で「何だあれ!」「村井さん風来カジキですよ」と比嘉さん「珍しい魚なので写真一杯撮って下さい」などと言っている。10分かからずに手元に寄ってきた、比嘉さんが「村井さんクロカワだ!」ギャフを打ってランディングしたら70〜80Kg位のクロカワカジキでした、今年10匹目のカジキだったのです。
下の写真のルアーは比嘉さん作ったものです、上のアワビのルアーで今年すでに5〜6本のカジキを上げているそうです。今年一番の当たりルアーだそうです。
私も沢山の自慢のルアーをもっていますが、私のルアーにはこないのです。三重県と沖縄では明らかに違いがあるようです。
このルアー、比嘉さんはディスクサンダーと電気ドリルだけで空地で作っているそうです。「エエ!」と私が驚いたら「これがベストの道具です」だって。風の強い時を狙って仕上げ加工をしているとのこと、この人、そうとう器用な人だよね〜。

10月1日雨雲
 陸上ではめったに見られない光景です(上の写真)。雲が重そうで今にもドスンと落ちてきそうです。左側の雲の下が黒くなっているところが今雨が降っている所です。だから船を走らせながらもうじき雨になると分かるのです。しかし、一旦中に入ってしまうとどのくらいの雨雲なのか全く分からなくなってしまう。人生の悩みとよく似ているのです。 9月24日の沖縄の雲です。夏独特の入道雲が崩れてしまっています、沖縄の夏ももう終わりなのでしょう。 5月から夢中で楽しんだカジキ釣りもいよいよシーズンオフになってしまうようです。

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