
| 3月18日 | カツオが来ない! |
![]() | 去年挑戦できなかったトンボ鮪釣り、今年はジャンボ(トンボ鮪用の仕掛け)も用意してぐすねひいて待っていたのですが、今年は魚場が遠すぎて駄目でした。もうすでに3月ですから今年のトンボはもう終わりのようです。 さ〜それではカツオはと見回しても良い情報は無いようです。去年の今頃はすでにカツオを釣っていましたからちょっと心配になってきます。 3月8日のNOAA画面を見ても紀伊半島で黒潮が大きく蛇行してしまっています、まるで私たちから逃げるように大きく沖にいってしまっているのです。 まん中の写真は和歌山県農林水産総合技術センターのホームページの海況速報(3/9)の状況です。こちらは解説が加えられているので上下を見比べていただくとよく理解できると思います。ピンクの帯が黒潮本流で、矢印は黒潮の反転流を示しています。 潮の状態から推測すると九州宮崎沖、四国室戸岬、伊豆下田沖、あと反転流が入り込んでいる御前崎沖だと推測されますがいずれにしても遠すぎます・・・・・。 高知の状況を問い合わせてみても沖でちょっと漁があるぐらいだ・・とパットしない。 下の写真はカジキ用の象牙のルアーです。今シーズン用に自分で作ったものです、なかなかの出来映えでしょう!。 私の友人が「象牙をルアー・・・・・もったいない話だわな〜」と言いながら、象牙の無垢材を五つヤフーのオークションで格安で見つけてくれたのです。 好きな形に整えるのは技工用のモデルトリーマーが最高でした。タコの取り付け部分の加工は即時重合レジンが大活躍でした。即重と象牙の界面はエッチングしてスーパーボンドあるいはパナビアで接着・・・とこだわりましたが今回はアンダーカット形成だけで勘弁してやることにしました。 今年はこのルアーでカジキ大漁まちがいなしの予感がしています。 |
| 4月23日 | 自作ルアー |
![]() | 学生時代、普段汚くしているのに試験の前になると部屋の大掃除をやった・・・「そんなことしている場合じゃ〜ないちゅうの!」。いい年になっても忙がしい時に限って何かしたくなる癖がまだ直らない。 もう6〜7年自作のルアーから遠ざかっていたけれども、今年はちょっとやる気になっていくつかのルアーつくった。左からマッコウクジラの歯、白蝶貝、象牙(横目)、象牙(横目)、象牙(縦目)、象牙(縦目)、白蝶貝、象牙(縦目)、象牙(縦目)です。 少し面倒なのは白蝶貝です。まず貝を約2センチ巾にきざみます、技工室のモデルトリーマーでひとつひとつ貝の湾曲をとっていき、6角のアクリル棒にエポキシ接着剤で張り付け最後に研磨仕上げしていくのです。左から4つめの象牙(横目)のルアーは象牙を輪切り方向に材料をとったものです、一番いい所に左右歯髄腔(?)の穴があいてしまったため、窩洞形成して20カラットインレーを充填しました。ポチッとみえているのがそれです。サンドブラスト処理、Vプライマー、でスーパーボンド接着したので10年は持つでしょう。 一昨日、例の友達がネットでレインボウコーラル(ミル)の素晴らしいのを見つけてくれた、私たちは海松とよんでいますが、いいものはよくカジキがきます、今持っている海松は既に3本のカジキを釣っています。友達が後で届けてやると言ってくれたのに、嬉しくて自分で握りしめていたのです。その日酔っ払って名古屋うろうろしてたら、どっかに忘れてきちゃった。 |
| 7月5日 | 宝島クルージング1 |
![]() | 私たちのホームポートは三重県の大王町(右上の赤点)にあります。そしてそこを中心にして赤い円の辺りをいつも釣りのエリアにしています。カツオの時期は60〜70マイル出ることがありますが、カジキはほとんど円内の近場でやっていることが多いのです。大きなカジキは遠くに行かないと釣れないと思いがちですが、そうではありません。近い時は5〜6マイル(約8km)、遠くても30マイル(約50km)近辺までしか沖出ししません。 そんな訳で、いつも決められた狭い範囲の釣りに「ア〜ア、いつかは自分たちの船で遠くに行きたい・・・・・」と不満とも夢ともつかないモヤモヤを持っていたのです。 いつも、酔っ払うと気が大きくなり、覚めると萎んでしまう、なさけない自分たちの夢だったのです。 しかし、今年は気合いが入った。先日のゴールデンウィーク(4/29〜5/5)、トカラ列島の宝島(左下の赤点)に釣りに出かけて行く計画を実行したのです。 さすがに一人では自信がなく、いつものクラブの世話人のT氏に付き合ってもらい、2人で出かけることに。前の晩、結構遅くまで2人で飲んで・・・・朝出がけにサークルKで水と食料(インスタントラーメン)を買出しする。何というこの不用心、そしてこの慢心。 |
| 7月18日 | 60kg・・・最小カジキ |
![]() | 今カジキが入っているとの情報が入る。チャンスを逃してはと、7月17日(日曜日)気になって入る作業があったが、ほったらかして、今年最初のカジキ釣りに出かけた。朝方かなりガスっている、熊野灘のタンカー事故の直後でもありレーダを回しながら注意深く14マイルほど真南に出す。さいわい沖はガスも晴れて一安心。仕掛けを出して無線を聞いていると他の船は皆、東でやっているようだ。自分の感を信じてこのまま南でやることに決める。 沖に出すにつれて、海面の状態が単調になってきた。途中7マイルあたりの潮目まで戻ることに。意地を通しているので回りには船は全くいない、独り船。 10時頃突然,バチンと凄い音、リールがうなり声をあげている、後ろを見ると300m辺りで激しくジャップを繰り返している「カジキ!」だ。急いで他の道具をかたずけ、カジキとファイト。運良くカジキが風下で食ってくれたため、船をふかしているとどんどんカジキに寄っていく10分ほどで手元によってきた。銛を打って船に上げたのが何と15分後、あっという間の釣りでした。今までで最小(60kg)のカジキでしたが、独りでやった初めてのカジキだったのです。 この後魚が釣れなければ、宝島釣行記を連載する予定です。 |
| 8月3日 | ガス欠 |
![]() | A:潮岬 B:室戸岬 C:足摺岬 6時に基地に集合して出航の準備をする。出がけに漁協組合で燃料と氷の補給を済ませて時計を見たら午前7時だ。「さ〜これからいよいよ宝島だ」めずらしくちょいと興奮する。潮岬まで真向かいの風と波、すごく走りずらい。道中長いので焦らないように自分に言って聞かせる。潮岬の串本に着いたのが午前11時半、波の無い港のなかで船を止め昼食を取る。20分もいただろうか・・・のんびりできず、すぐ出発。 今度は四国の室戸岬に向けて走りはじめた。風と波がやや左にふれ随分走りやすくなった「何か気分がいい!」。午後4時ごろぼんやりと室戸岬が見え始めた。「室戸岬港で燃料を補給して今日はここで泊まりだ!」当然そう考えていた。 室戸岬港に入港して燃料補給を頼みにいったT氏が「頭にきた、燃料は5時まで5分過ぎたからダメと言われた」とえらい剣幕で戻ってきた。「今日はここに泊まって朝燃料補給しよう」と私。気持ちの治まらないT氏は燃料タンクのゲージを見て「まだ燃料半分残っている、大丈夫や土佐清水(足摺岬)まで行ける」、「ダメ燃料足らないと思う」と私。しばらく沈黙が続いたが、T氏に押し切られる形で出航する。暫くすると陽も落ち真っ暗に・・・・・。3時間ほど走っただろうか、突然右のエンジンが止まる。T氏が「右のシフトがおかしい」、「いや違う、ガス欠だと思う」と私。急いで燃料タックのチェックをしたT氏が「燃料空だ!」。重ぐるしい沈黙のなか。左のエンジンにはまだ燃料が残っている、左のエンジンだけで行こうということに。 しかし、舵を左に一杯に切っても船は右にクルクル回るだけで真っすぐ走らない。「漂流」「遭難」「新聞沙汰」・・・・万事窮す・・・。 |
| 8月22日 | ここは何処だ! |
![]() | 上のGPS画面を見て下さい、青い矢印の付いた直線がGPS上で設定した予定コースです。燃料さえあれば後1時間ちょっとで足摺岬の土佐清水港に着けるはずでした。ガス欠を起こしたのは矢印のついている場所です。真っ暗な海の上、もう自力では障害物は避けられない・・・・・船が来たらどうしよう・・・・・。 漂流を覚悟して少し経ったら随分気分が落ち着いてきた・・・・・・・・・・・・そうだひょっとして。「おーいTさん、この船前にタンクがあったろう。ひょっとして燃料残っているかもしれない。ちょっと見てみろ」。しばらくチェックしていたTさん「燃料少し残っている!」「量はどのくらい?」「棒のようなものが無いと分からない」「何でもいいから何か使って量をチェックしろ」暫くして「タンクの1/3くらいは燃料ある」とT氏。しかしもう10年ほど前の忘れられていた燃料、エンジンかかるだろうか。 エンジンルームに潜り込んだT氏が必死になって燃料系統のエアー抜きをやっている「セル回して!」「シュン、シュン、シュン」かからない「もう一度!」「シュン、シュン、シュン、シュン」「もう一度!」「シュン、シュン、シュン、グググ」「ググググ、バロンかかった!」10年前の燃料でエンジンかかった・・・・・・・・・。 今度はGPS上で、漂流地点から最短の港を必死で探す私に「土佐清水まで行けるやろ〜」とT氏「絶対ダメ、燃料足らなくなる最短の港に行く」と私。 定置網を避けながら必死の思いで港に入る。空いている所に船をよせて舫ロープをとっている時に突然エンジンが止まる「Tさんエンジン切った?」「いや」・・・・・又ガス欠だったのです。 朝起きて港を見たらこんな所だったのです。GPS上で佐賀港なのは分かっていましたが、朝地元の人に思わず「ここは何処だ」と聞いてしまったのです。 |
| 9月28日 | ガス欠、最悪の場合は・・・ |
![]() | 上の画像は土佐沖でガス欠を起こした4月29日の黒潮の流れです。(NOAA画面:もちろんこの画像は無事に帰って来てから手に入れたものです) 黒潮はパープル色で示されており、熊野灘沖で大きく蛇行しています。問題は私たちがガス欠を起こした土佐沖(矢印)の潮の流れです。黒潮が左から右へ流れる時に沿岸の海域はそれとは逆の反転流が生じています。土佐沖は岸から沖へ反転流が流れ黒潮に吸い込まれて行くような流れになっています。 恐らくガス欠のままなら一晩で黒潮本流にのってしまっていたでしょう、怖い!。 クルージングから帰ってきて,何げなく海上保安庁のホームページを見ていたら、恐ろしいページを見てしまった(下の画像)。 これは海上保安庁がブイの漂流実験をしたものです。2004年10月26日に土佐沖で放流させたブイが日時の変化とともにどう流されているか一目瞭然です。 これを見て「ああ、おれたちもこうなっていたんだな〜」とひどく感激した。 4月29日のガス欠から約1ヶ月後、宮城、茨城沖でに日本が見えるとこまで近ずくもそれからは少しずつ沖に流され、3ヶ月後の7月には仙台沖の遥か東方海上に流されることになっていたはず。じりじり照りつける夏の太陽の下でT氏とわたしはヒモノになっていたのでありましょう |
| 10月11日 | さ〜九州へ |
![]() | 翌日は朝まだ暗いうちに目がさめてしまた。暫くすると近所の人がさっそく冷やかしにきた。燃料が無いことを告げるとすぐガソリンスタンドを見に行ってくれた。 暫くして戻ってくるが「おかしいな〜いつもなら6時には店に来てるんだけどな〜」しばらく待っていると、なんと当のスタンドのご主人が車で見回りにきた。さっそく給油の依頼。2往復して1400Lの軽油がは入る。前日のこともあり前のタンクにも予備燃料を入れた。これで大丈夫、8時に佐賀港を出発する。外に出てみると、定置網が全くない。昨日真っ暗な海の上でGPS上に記された定置網を必死でかわしながら入港してきた様子を、もし明るい所でみていたら、さぞ滑稽な様だったでしょう。 燃料も満タン、昨日と比較して嘘みたいに波も無い、おまけにこの天気。日焼け止めを塗ったら、ぷ〜んとココナッツのにおい、このまま真っすぐ走れば6時間ほどで九州が見えてくるはず、「おお、気分はハワイだ!」。 PM3時すぎに宮崎の油津に入港.まず燃料の補給をする。このまま屋久島に向けるかどうか相談、昨日のこともあり今日はここに泊まって温泉にいくことに決定する・・・・軟弱!。 タクシーを呼んで温泉に連れててもらい、その後、巨人軍の選手がよく来る焼肉屋で食事をする。途中のタクシーで街路樹になっている女王ヤシ(海の家に植た例のヤシ)を何度も見かける。みんなそろって元気がない、嫌な予感・・・・・。 途中で食料とお酒とラジオを買い出して船に戻って早めに寝ることになったのです。 ラジオ?・・・持って行ったパソコン(Air Hでインターネット)がほとんど役にたたないのです。携帯ラジオで天気予報を取ることに、情けない!。 |
| 11月4日 | 屋久島 |
![]() | 風呂も栄養も充分取ったので、油津の目覚めは快調でした。油津をちょうど5時に出発。天気は雨、視界もかなり悪い。 屋久島までは5時間あれば着く予定だ。屋久島は大学時代の無二の親友が歯科診療所をやっていたこともあり、一度は訪れたいと誓っていた島、その友達が屋久島を撤退直後に訪れることになった現実が非肉だ。 途中、雨と雷に悩まされる。ピカーと光ると最新の航行機器が一時的にダウンしてしまうのです。 最初にたどり着いたのが一奏港(下の写真)。目の前に滝が流れ落ち「へ〜これが屋久島・・・・」 さて着岸しようとしたら、何度やってもうまくいかない。自分の運転が変だと思ったら左のシフトが抜けたまま入らないことが分かった。岸まで数メートルに近ずいてもどうしても着岸できない。そのうちに近くの漁師が異変に気がついて舫ロープを取りにきてくれた。やっとのことで着岸、時計を見たら午前10時だった。 とにかく部品を手に入れなければならないので、タクシーを呼んで探し回ったけれど土曜日で全部休み。しょうがないのでホームセンターに行って代替品を見つけ修理をすることになった。燃料の補給と修理が終わったら午後2時になってしまった。 天気も凄い雨と風になってしまい、今日は屋久島で泊まることに決定する。途中で買ってきた島らっきょうとサバの薫製と持ってきた一番のワインを抜いて乾杯となったのであります。外は嵐のような天気、「明日は晴れますように」。 |
| 11月8日 | トカラ列島 |
![]() | いよいよ今回の目的地のトカラ列島です。トカラ列島は鹿児島県の屋久島と奄美大島の間に点在する火山島です。7つの有人島と5つの無人島からなっています。 正式には鹿児島県鹿児島郡十島村といわれ口之島から相当島まで162Kmという「日本一長い村」だそうです。 鹿児島からの交通の便は「としま丸」というフェリーだけのようで、それも周2便、訪れるにはかなり覚悟がいるようです。 黒潮の本流のまっただ中にあるこれらの島々はトローリングにも絶対いいはずと今回のクルージングの目的地になったのです。 さ〜いよいよ今日は目的地です。屋久島で船を泊めた「一奏」は島の北側にあるあるため、宝島へは島を大きく回り込まなければなりません。今日はいよいよ釣りができる、暗い内からの準備になりました。 いつもなら全部準備が整ってから離岸するのですが、やっぱり焦っていたのでしょうね〜。 船を岸から離しシフトをニュトラルにしてのんびりオオニングを外していたら「あたる!」とT氏の怒鳴り声。後ろを見たら船がバックをしている。慌ててシフトを前進に入れたつもりが間違ってスロットルをふかしてしまった。 船は速度を一段と上げて岸壁に「バキン〜」と凄い音。かなり船が割れてしまった。 焦るとろくなことがない、肝心な時にこれからトラブルが続くのです。 |
| 12月27日 | 絶不調 |
![]() | ホームポートから離れるごとにGPSの現在位置の自動認識に時間がかかるようになってきました。15分以上待っていても現在位置を認識しないのに業をにやして出港してしまったのです。結局これがたたって右側のGPSが動かない。ここはどこかに島が見えているから「大丈夫や!」のT氏の話に安心して予定どうり釣りをすることに。口之島を超えてから仕掛けを出し始めました。通称ジャンボと呼ばれるかなり大型の仕掛けと電動リールを2本出して様子を見ることに。 中之島を過ぎた辺りで電動リールにカツオがヒットする、暫くすると100メーターほど後方のジャンボにも10キロ以上あろうかと思われるカツオが飛びついてはぶら下がっている、さすがにトカラ、伊勢周辺ではみたことのないような大きなカツオだ。 T氏も私もジャンボ仕掛けは初めて、魚が掛かっているのは分かるけれど「どうやって取り込むの」と思案に暮れているうちに、次々掛かっては口切れしてバレてしまう。 暫くしたら、快調に動いていた電動リールが突然2台とも動かなくなってしまった。原因を調べているうちにバッテリーの電圧がえらく下がってしまっている。このままでは計器が動かなくなってしまう怖れがある、一番電気を食う自動操縦装置を切って操舵をマニュアルに切り替える。しかしコンパスだけでは船が目標に向けて真っすぐ走らない・・・・・完全にパニック状態になってしまった。 ぼんやり島影が見えて来ても、左の古いGPSでは地名が出てこない「何処の島?」と聞いても「さ〜どこやろう」とT氏。もうとても釣りどころではない。 3ヶ月ほど前にT氏は30フィート足らずの船で沖縄に行く途中ここを通っている、T氏の記憶だけを頼りに宝島を探す。 「あれだ」「これだ」とい言いながらやっとのことで宝島の前どまり港に着いたのが午後2時でした。肝心な釣りをホッポラ返しての宝島到着でした。 |
| 1月27日 | 宝島 |
![]() | やっとたどり着いた宝島はこんなところでした。港に舫を取ってふと見てみると、セメント工場(左上)。宝島という名に憧れて来たんだから、何もこんな所に作らなくても・・・とぶつぶつ。 とにかく、電圧のドロップした原因をみつけ修理をしなければならないので2時間ほど整備に没頭する。 上陸して島をちょっと歩いてみると、バナナの木が野生に生えていたりしてなんとなく南の島という雰囲気も漂っている(右上)。 この日泊まることになった「とから荘」(左下)。ご主人と奥さんが夕方軽四で港まで迎えにきてくれた。何となく怒ったようにしゃべる奥さんが「特別扱いでお風呂に入れてあげる」といっている。特別?風呂?・・・島の様子が分からないのでよく理解できない。民宿について風呂にいってみると、100リットルあるだろうかと思えるほど小ちゃなおふろ。風呂は2日か3日にいっぺん、普段は水を浴びるだけというから,なるほど特別か〜と理解する。怖そうに見えたご主人も話をしてみると面白い人、食事も結構美味しくて、最初馬鹿にしたのをおおいに反省する。 買い物は夕方5時から6時まで1時間しか開かない農協(右下)ですることに、置いてあるものを見て「日本と一緒だ!」と変な感動をする。 翌日朝4時半に民宿を出発、何とご主人と奥さんが両方で見送りに来てくれた。別れ際に奥さんから黙って弁当を手渡された。言葉では何も言わなかったけれど「気をつけて帰るんだよ!」と言っているのが痛いほど伝わった。 |
| 2月3日 | 宝島出発 |
![]() | 朝5時に宝島を出発。あきらめかけていたGPSが見事に復帰してくれたので位置情報は確実に取れるようになった・・・・やれやれ。 宝島を出発して30分で小宝島を通り過ぎる(左上)、お腹の大きな女性があお向きに寝ているように見えるのでこの名前が付いたんだそうです。それからもう1時間ほど走ると悪石島に到着(右上)。港に入って島を見上げてみると天然温泉らしき湯気が吹き上がったところがあったり、海から山がそそり立っていて、なんせ名前が悪石島ということもあって迫力に圧倒される。港には波が入り込み状態が悪い、上陸は諦めてトローリングをすることに決定。諏訪之瀬島に近ずくと鳥山、さっそく仕掛けをいれる。すぐにバカでかいカツオが次々にヒットする。少し大きめのルアーを流していたリールにもヒット、ラインの出方からかなりの大物のようだ。暫くスタンドアップでやりとりしていたがラインブレーク。しばらく楽しんでいたがそろそろ帰りの燃料が心配になってきたので屋久島に戻ることにした。 屋久島に到着したのが午後2時、さっそく燃料補給(左下)軽油が1000L入った。自分は屋久島に泊まるつもりでいたのに、T氏は出発するという。給油をしながらワインとカチカチになったフランスパンで食事をすませる、結局屋久島には1時間半いただけで出発することになってしまった。 夕方、種子島を通過(右下)。山が無く真っ平らな島、なるほどロケットの打ち上げ基地があるはずだ。日本のロケットはよく曲がるので山があってはならんのでしょう。 |
| 2月16日 | 40時間連続運転 |
![]() | 屋久島を午後3時半に出発してストレートに四国に向かう。種子島を過ぎた辺りから暗くなりはじめた。九州の都井の岬を通り過ぎてから極端に波の状態が悪くなってきて操船が辛い。時計を見たら午後8時半だもう15時間以上一人で運転しているが不思議と眠くない。恐らくアドレナリンが出っぱなしなっているんだろう。T氏に運転を代わってもらい少し横になるが船が暴れてとても寝ていられない。2時間ほど休んだが寝られないので上に上がる、まだ11時前だった。それから又運転を代わる。6時間ほど真っ暗な海の運転が続く、四国が見え始めた頃うっすらと明るくなりはじめた。燃料補給は様子の分かっている佐賀港ですることになった。佐賀港にはちょうど朝6時に到着した。舫をとってやれやれと思っていたら、T氏が何処かにでかけていった。暫くしたら朝ご飯を買って帰ってきた、これが食いたかったと嬉しそう。ご飯、納豆、豆腐、海苔のつくだに、さんまの煮物、そういえばこの5日間朝ご飯まともに食べていなかったな〜。 燃料と氷を補給したら、T氏がすぐ出発するという。「今日はまだ4日、休みはまだ5日まである、ここらで泊まって釣りをしていこう」と私。暫く沈黙していたT氏が・・・・なんと「家に帰りたい!」・・・・と言い出したのです。「エエー」と私。しかしT氏はぼくおうちにかえりたいモードにしっかり入ってしまっている。しょうがねいな〜モー。佐賀港を8時半に出発してホームポートの大王崎に到着したのが夜9時でした。この間も一人で運転していたのでほぼ40時間連続運転になった、しかし眠さも疲れも全く感じない不思議な40時間でした。 |