infection院内感染対策

15補綴物set時の消毒と注意事項

外科処置等の交叉感染予防

補綴物set時の注意事項を考えていく前に、外科処置時の遵守事項をもう一度思い出し補綴物set時と比較することで問題点を考えていくことにします。
抜歯や切開手術あるいは縫合などほぼ全ての外科処置が未滅菌グローブ着用のままで行なうことが可能です。左上は縫合処置をしているところですが、組織から出てきた縫合針の先端をピンセットでつまんで引き抜き、持針器でつまみ直し処置を進めていきます。そして持針器で輪をつくり縫合糸の端をそれに通し結紮する。この操作を繰り返せば、全く手指を触れることなく縫合が完了できます。その他の外科処置も右下のトレー上の赤のエリアに術者の手指を入れないように処置をすすめていけば、組織を穿通する部分の滅菌レベルの維持と術者の手指の血液汚染を防止することが可能になります。どうしても口腔内に直接手指を触れなければならない時は滅菌ガーゼを介しておこなうことになります(これら一連の遵守事項に関しては5.グローブの着用とグローブ着用手指の順守事項当に記載)。これと比較して補綴治療過程における交叉感染予防は簡単にはいかないのです。

補綴処置時の交叉感染予防

補綴処置は交叉感染の観点からはむしろ外科処置よりも厄介なことが多いのです。左上は歯肉縁下に深く入ったCrの試適・調整時の様子を示したものです。試適するたびにこのように出血を伴い手指に付着します。グローブを装着しているから問題ないと考えてしまいますが、そうではありません。グローブの交換なしに処置を進めれば手指を介して赤のエリア(写真右下)に血液汚染が広がります。他の処置ではこれらに血液汚染が広がることがないように診療を進めることができますが、補綴処置はそうはいかないことがあるのです。
結果、術者がいくら注意していても、これらの器具類に触れる可能性のある他の医療従事者の手指を介して、スイッチ、ノブ、キャビネット、パソコンと治療室中に汚染を拡散してしまう可能性があるのです。
そして出血している組織に挿入していくCrのマージンを未滅菌グローブで触れてしまう。
このように補綴物set時には補綴物そのものを直接手で持って操作しなければいけないことが一番の問題点になってしまうのです。
それでは補綴物をオートクレーブ滅菌し、滅菌グローブを着用して保綴物の試適・調整をする…さすがに、そこまでマニアックに村井歯科もなれないのです。

CDCの考え方

アメリカのCDCはどのような考え方をしているのかを、ざっと拾い出して見たものが図です。「特に配慮すべき事項」の歯科技工所で取り上げられています。しかし記載の内容量も少ないし、図のようにその内容も歯切れが悪い印象が拭えません。
日本補綴学会が2007年に発表した「補綴治療過程における感染対策指針」も肝心なところがぼやけていて参考になるものがほとんどありませんでした。
結局この分野は交叉感染予防対策が難しく、グレーゾーンを余儀なくされるところなのでしょう。村井歯科の院内感染対策のまとめを始めたものの一番最後に残ってしまったのには、やはり必然性があったのだろうと今になると納得できるのです。
しかし、現実の臨床では頻度の高い行為なので、歯切れが悪くてもそれなりのシステムを作らなければならないのです。

補綴物の消毒

補綴物の消毒に関してCDCは結核菌に有効な病院消毒薬。補綴学会は①防錆剤配合の次亜塩素酸溶液②陽イオン界面活性剤③エタノールの噴霧等を上げています。臨床の現場では高レベル消毒薬の使用や滅菌が困難だと解釈できます。
村井歯科での現在の対応は以下の通りです。補綴物の調整前にはこのようにビニールの密閉容器に入れて消毒用アルコールに塩化ベンゼトニウムを2%の割合で混ぜた合剤をスプレーし消毒します。
調整後も水洗した後同様に密閉容器に入れ消毒し技工室に運ばれ最終研磨をされます。研磨後、密閉容器に戻され診療室に戻されます。
その都度滅菌ができないので、CDCのいう結核菌に有効な米国環境保護局公認の病院消毒薬、そして補綴学会も推薦している消毒用エタノールを使用しています。そしてアルコールは揮発しやすいことから密閉容器の中で薬液の作用時間を長くするようにしているのです。
繰り返しになりますが、補綴物set時は補綴物そのものが滅菌できないことや手で持って行なう調整方法などから、治療中には手指(グローブ着用)そのものが常時血液汚染されているとの認識を頭から離さないように手技を高めていく努力が必要です。

補綴物set時の注意事項

補綴治療中(特に補綴物の調整・set時)の交叉感染予防はすっきりしたシステムを作ることが困難です。最低限、次のことに注意して処置を進めていくことになります。

  • 出血のあるCrの口腔内からの脱着は手指では直接行なわず、図のように市販のCrリムーバーを利用します。
  • Crリムーバーでつまんだまま水道の流水下でよく洗浄し血液を可能な限り除去します。
  • トレー上に置かれた洗浄済みのCrを手指でつまみ必要な調整をし、再度、試適をします。取り外す時は再度Crリムーバーを利用するを繰り返すことになります。
  • 調整中にうっかり血液に触れてしまった時はグローブを交換します。このように、外科処置よりもむしろ補綴治療中(出血を伴う)の方が頻繁なグローブ交換が必要になることが多いのです。血液の付着したCrを水洗しただけで処置を進めていくわけですから、

①血液に汚染されたものには直接手を触れない
②組織を穿通する部分(ここでは出血部に入るCrのマージン)には手を触れない
③血液汚染されたものは滅菌する
の3つの大原則がここでは守られないことになります。このようなCr調整中はグローブが不潔になっていることが多いので、他の滅菌できない機器類には一切手指を触れないように処置を完了します。途中他に動かなければならない時は必ずグローブを交換してから移動することになります。