infection院内感染対策

19診療室内の環境消毒

環境消毒って何?

アメリカCDCは環境表面を「患者と直接接触しない表面や機器」として重要視しています。何故なのでしょう?
その視点から、滅菌に厳密な外科手術室と歯科の治療ユニットを比較して考えてみることにします。外科の手術室は使用器具類がすべて滅菌され。機器類が滅菌あるいは、滅菌カバー、滅菌スリーブされており、もちろん滅菌されたグローブを着用して手術が行なわれます。すなわちすべて滅菌という統一された環境の中で手指を自由に使うことが許されます。
一方、歯科の診療室では治療用ユニットあるいはキャビネットなどは滅菌できないし、通常滅菌カバーや滅菌スリーブなどを装着して診療することはありません。そして、使用しているのは未滅菌のグローブです。このように全体を見回してみると、滅菌環境が整備されているのはごく一部の使用器具類だけなのです。未滅菌グローブ着用の手指で滅菌された器具類に触れてしまえば滅菌した意味が無くなってしまう。そう考えていくと、歯科の診療室には手術室にはない別の厳しいルール作りが必要になることが理解できるでしょう。最近、歯科診療所でも手術室を作り滅菌環境の中での手術の様子がホームページなどで紹介されており、正直凄いと関心してしまうのです。しかしそれらが、インプラントが中心で一般歯科の診療内容には適応されていないのが現状のようです。出血を伴う処置が60%近い診療内容を持つ歯科には一般診療にこそスタンダードプレコーションの適応が重要だと考えているのです。

歯科診療室はほとんどのものが滅菌できない

歯科診療室内の汚染の拡散は、切削器具あるいは超音波素スケーラーの使用時、それ以外では3ウエイシリンジ使用時などによるしぶきや飛沫(右上)などによって引き起こされます。それ以外のほぼすべては歯科医療従事者の手および、グローブを着用した手指による接触を介して起こる(左下)と考えていいでしょう。これらの接触表面は、その後さらに他の器具や他の歯科医療従事者の手指を汚染する可能性があると考えていくと、汚染の拡散は診療室にかなり拡大していく可能性があるのです。そしてそれらの環境表面は強い消毒剤は患者さんあるいは歯科医療従事者の健康への影響を考えると使用できない。そのために、汚染されたら消毒ではなく、汚染させない工夫が必要になってくるのです。

そして、スタッフの手技不足の診療室では汚染の拡散は図のように思わぬ所に広がっていくのです。
対策は簡単だ「グローブを交換すればいい」。たしかにその通りなのですが、現実はそう簡単にいかないのです。まずスタッフが自分は安全だと思ってしまうのか、面倒くさがってグローブの交換をしないことが多いのです、又逆に無駄の多い頻繁なグローブ交換で発生する医療廃棄物の量は半端ではありません、またグローブの消費金額が膨れ上がってしまうのです。
これらの、手技と考え方については、5.グローブ着用とグローブ着用手指の順守事項 a〜dに詳しく記載してあるのでそちらを参照して下さい。
ここでは細かい手技を中心にするのではなく、診療室全体の清潔度をスタッフ全員でどうしたら上げることができるのかを考えていきます。そして実行するのです。

アメリカCDCの考え方

アメリカCDCは環境表面を「患者と直接接触しない表面や機器」と定義付けています。それが歯科診療室では患者の治療中に汚染される可能性があるとしています。そして汚染した環境表面から患者への微生物の感染は、主として歯科医療従事者の手による接触を介して発生する、手指の消毒がこの感染を最小限に抑えるためのポイントであるが、環境表面の洗浄・消毒も院内感染を防ぐうえで重要であるとしています。そして環境表面を、

A.臨床的接触表面(消毒が必要)

B.ハウスキーピング表面(洗浄だけで可)

の二つに分けて対策を考えていくようになっています。私たちの院内掃除大作戦でその都度毎回清掃しなければならないと考えたのは、CDCのいう臨床的接触表面だったのです。

CDCのいう血液汚染等の危険が伴う臨床的接触表面は図にあるように、ほとんどが診療ユニットの周囲に集中しています。これらは診療中にしか発生しないものですから当然といえば当然です。
しかし、診療室を見回してみると厄介なものが幾つか出てくるのです。
例えば、採得した印象材、あるいは補綴物、そしてデンタルレントゲンフィルムなどです、これらは直接患者さんの口腔内に入りますし、出血を伴うこともあるからです。これらは図中+表示してありますが、自分たちの診療室では臨床的接触表面と同等の扱いが必要と考えあえてここに表記してあります。これらの臨床的接触表面の取扱はスタッフ全員が認識し同じ対応していかなければ意味がありません。注意の足らないスタッフ一人が院内感染予防ルールを一気に壊してしまう可能性があるからです。
院内のスタッフミーティングなどで全員で考え、行動していくことが極めて重要です。

アメリカ医療現場での消毒薬剤規制

アメリカCDCは環境消毒に使用する消毒薬をどのように推奨しているのでしょう。臨床的接触表面やハウスキーピング表面の消毒は人体への影響を考えて高水準の消毒剤(グルタラール、フタラール、過酢酸)の消毒剤は使用してはいけないとなっています。そして図にあるようにHIVやHBVに対する効果をうたっている米国環境保護庁(EPA)公認の病院消毒薬(低レベル消毒薬)やさらに結核菌殺菌性をうたっている(中レベル消毒薬)での消毒を推奨しています。ハウスキーピング表面に関しては洗剤と水によるふき取りやこすり洗い、あるいは微生物や汚れを物理的に除去することが、多くの場合消毒薬使用よりむしろ重要であるとしています。

アメリカでは環境表面の消毒薬はEPA(アメリカ合衆国環境保護庁)が規制し高レベル消毒剤の規制はFDA(アメリカ食品医薬品局)が行なうなど少し分かりづらいところがあります。結局、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)が抗結核菌表示のないEPA登録の病院消毒薬を低レベル消毒薬とし、抗結核菌表示のあるEPA登録のある病院消毒薬を中レベル消毒薬と指定しているようです。

環境消毒薬剤の選択

図はアメリカのFDA、EPA、CDCのそれぞれの管理管轄を纏めて表示したものです(資料をもとに自分なりに纏めたものです、間違いがあれば指摘してください)。
CDCは環境表面の消毒は人体への影響を考えて高レベルの消毒薬の使用は避けるべきとしています。そして図中にある中レベルあるいは低レベルの病院消毒薬の使用を推奨しています。
詳しい微生物のことは分かりませんが、普段心配しているウイルス感染症は低レベルの消毒薬でも適応できるようですが、歯科臨床でもよくみられる真菌感染や、時に問題になる結核感染などを考慮すると中レベルの病院消毒薬を使用すれば良いのではないかと考えて消毒薬を選択しています。

同じ図の中にFDA、EPA、CDCのいう薬品群を当てはめてみました。結核菌まで効果のある消毒薬である中レベルの消毒薬の中から選択することになります。中レベルの4種類のうち塩素系は次亜塩素酸として根管洗浄薬として歯科ではなじみのある薬剤であるが金属の腐食と塩素ガスの問題から環境消毒には使用しづらい。
また、ヨードホール系は茶色に着色を起こすことから環境表面には使えません。結局、消去法で消していくと環境消毒にはアルコール系が残ることになります。
大手メーカーからアルコールと4級アンモニウム塩化合物の合剤は「ウエルパス」などの名前で販売されています。私たちの診療室では消毒用エタノールにオスバンを2%濃度になるように加えた自家製のものを使用しています。